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旧制中学、旧制高女。 大先輩連の男女共学・騒動記(1)

古い校内紙(清流新聞)を頂戴しました。当時(1948年)の先輩の方々(高4回生前後)の戸惑い、悲喜交々のご様子が描かれています。敗戦国の試練、思いもかけぬ学制の激変、戦後の波に翻弄された大先輩達の若き青春の日々を偲んでください。

一面、束縛から解放された戦後の明るさは、石坂洋次郎氏の名作「青い山脈」の世界を彷彿とさせます。原節子、池部良、杉葉子、若山セツ子、龍崎一郎、伊豆肇ってわかりますか。わかる方、筆者と世代が近いですね。(爆笑)

<抽選風景> 加古中の巻(上)

昭和二十三年六月三十日午前九時二十幾分。男女同権。教育の機會均等の美名のもと私情を超越した我が加古中は、鳴り響く控所集合のサイレンを合図に今や東西別け目の決戦の火蓋は切って落とされたのである。

校長訓示の後、選場の指定が各學年にあり、併中三年は講堂へ、新高二年は工作室前へ、新高一年は其の儘控所に其々分割され、記者は高一を観るべく先ず控所に戻った。

先生が用意の封筒を取りに職員室へ行かれた間、鐡棒にブラ下がる者、ABを口論する輩、猟犬の如く所狭しと走り廻る群童-。全くの騒々しさである。

先生が大きな抽選箱を抱えて入ってこられた時も、ソッと指揮台に吸いつく黒帽の山の中で「先生、今から紙芝居ですかあ」と大笑する暢気者も居る有様で全体として割合平然たる態度であった。・・・・・・。

「AとBに分割した後は如何なる理由があろうとも絶對に變更は許さない」・・・・後藤先生の幾らか哀感のある言葉にはさすがに六百の眸は一点に集中し個々の表情には寂寞感が浮き上がり舎中何となくシンミリとした。・・・・

次いで分割。指名され、六人グループを組んだが最後 善悪親友の別を問わず運命に翻弄され一對の相違は東西の相別れる原因となるのだった。

以下 つづく

■ 昨年11月3日記事「高4回生・アフター喜寿同窓会」にも、その辺りが触れられています。

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