江戸しぐさ 其の拾弐 (喫煙しぐさ)

江戸時代に庶民レベルまで行き渡ったのがタバコである。はじめは贅沢品だったが、各地でタバコの栽培が盛んになり、葉を刻んだ刻みタバコが広く流通した。

今のように二十歳にならないと吸ってはいけないという規則はなかったものの、喫煙に対しては常識的な決まりがあった。

まず、歩きながら吸わない。これは火事を予防するためだ。吸う場合は、必ず座って吸うこと。茶店の縁台に腰をかけて吸おうとしても、そこに灰皿の用意がなければ吸わない。つまり、灰皿が置かれていない場所は禁煙だったのだ。往来は城へ続く廊下と考えられたから、ポイ捨てなどとんでもない。

また、料理屋などの店でも、相手がタバコを吸わない人だったら、こちらも吸わなかった。もちろん、相手が「どうぞお吸いください」と言えば吸ってもよかったが、相手が吸わない場合は控えるのが普通だった。このようなしぐさすべてを 「喫煙しぐさ」 と呼んでいた。

余談:以前、乗り物の不正乗車を「キセル」と言っていたのをご存知だったでしょうか。煙管(きせる)はご覧のように入り口、出口の両端だけが金属になっています。お分かりかな?また、無賃乗車を薩摩守(さつまのかみ)とも言いました。

これってご存知の方はちょっとご年配か(爆笑)。

江戸しぐさ 其の拾壱 (聞き耳しぐさ)

聞こえても聞かぬ心がけ 江戸に住む多くの人は長屋に住んでいた。長屋の作りは貧弱で、薄い板と簡単な壁によって各家は仕切られていた。だから、隣家の声は当たり前のように聞こえた。

そこで生まれたのが「聞き耳しぐさ」である。このしぐさは、聞き耳を立ててこっそり話を聞くということではない。そういうことをしてはいけないというしぐさである。

当時はたとえ密閉された空間でも、障子や襖など、防音には役立たない建具で家が造られていたから、聞こえてきた話は、聞こえていない、ないものとして忘れた。これが聞き耳しぐさである。

立ち話でも、近くで耳をそばだてることは嫌がられた。たとえのれん一枚でも、その向こうで話され、偶然耳にしたことは聞こえないものとして処理したのである。

プライバシーを尊重するしぐさ 江戸人の、プライバシーに立ちいらない基本的な態度が聞き耳しぐさだったのだ。

江戸しぐさ 其の拾 (行く先は聞かぬ)

相手の領分を侵さない気配り 近所を歩いていると知り合いが何処かへ出かける場面に遭遇することがある。ついつい「どちらへ?」と聞きたくなるものだが、江戸では、こんな場合行き先を聞くのは野暮とされた。

こんな場合は「お出かけでございますか?」とのみ言うのが正しいしぐさだった。相手が引き留めない限り、そのまま会釈して去っていくスマートさを持っていた。これがセンスのいいふるまいです。

かりにどんな親しい間柄でも、行き先は聞かない。「お出かけでございますか?」と言ったとき、相手が「実は、どこどこへ・・・」と喋る分には、もちろん聞くだけで、それ以上は尋ねない。

相手が喋ったからといって、どんどん相手の領分へ踏み込むのは、品のない対応なのである。

でも挨拶は大切です。顔見知りがどこかへ出かけるのを見かけたら知らん顔をせずに、「おでかけですか?」と声をかけましょう。気持ちよく送り出してあげることが大切です。

たとえば、社内のエレベーターで、ほとんど口をきいたことのない他の課の人と乗り合わせたときなど、なんの挨拶も交わさないのは、ちょっと大人気ないですね。話すことがなかったら目礼か会釈くらいはしたいものです。「目は口ほどにものを言う」と言われるとおり、これだけでも雰囲気がかわります。

江戸しぐさ 其の九 (半畳を入れる)

「半畳を入れる」 江戸市中にはたくさんの芝居小屋があった。当時は椅子席ではなく座布団がわりに小さな筵(むしろ)を敷いて座って見物する。その筵のことを半畳という。役者が下手な芝居をやると、客はその半畳を舞台に投げ入れて怒りを表現した。

そのことから「半畳を入れる」とは、非難したり、からかったりすることをさすようになった。

間同士で半畳を入れるのは、相手をバカにするので、本来品のない行為とされ、するべきことではなかったが、年上の人間は、年下の人間に対して半畳を入れることが許された。ただし、やたらに半畳を入れるのではなく、年下の者の発言を批判したり、間違いを正す場合のみ、ひとつのしぐさとして容認されていたのである。

つまり年長者として間違いを正す資格があったからです。お年寄りが言うことを「古い」といって取り合わないのは愚かなことで、江戸ではお年寄りの経験からくる知恵や意見は尊重されました。

今のお年寄りは、若い者に半畳を入れる勇気も自信もないようです。若い人も、お年寄りを人生の先輩として、たまには暮らしの知恵をお借りしてみてはどうですか。

江戸しぐさ 其の八 (年代しぐさ)

「年代しぐさ」 志学(しがく 十五歳)、弱冠(じゃっかん 二十歳)、而立(じりつ 三十歳)、不惑(ふわく 四十歳)、知名(ちめい 五十歳)、耳順(じじゅん 六十歳) のしぐさがそれぞれありました。

江戸の町衆は年相応のしぐさを互いに見取り合って、文化的、人道的に暮らしていた。例えば歩き方にしても、志学の代は駆けるように歩き、弱冠の代は早足、而立の代は左右を見ながら注意深く歩いた。志学の代でぐずぐず歩いていると、弱冠の代がたしなめ、不惑の代が若いつもりで駆けたりすると、腰を痛めるといわれた。

耳順(還暦)の代の「江戸しぐさ」は、「畳の上で死にたいと思ってはならぬ」「おのれは気息奄奄、息絶え絶えのありさまでも、他人を勇気づけよ」だった。六十歳を越えたら、他人のためにはつらつと生き、いつくしみとユーモアの精神を忘れないように心がけた。耳順の心得は、なによりも若者を立てることでもあった。

こうした「年代しぐさ」のバックボーンには共生の土壌があった。若者には年長者に敬老の思いがあった。自分よりも体力的にハンディキャップのある年長者を常に思いやる「くせ」が身についていた。

「稚児しぐさ」 には大人の資格がない。稚児というのは子供のこと。人の迷惑を考えない子供っぽい振る舞いを「稚児しぐさ」という。例えば、電車の中で化粧をしたり、物を食べたり、どこでも構わず座ったり、タバコのポイ捨てなど。こんな事を平気でする人は無神経といわれてもしかたないし、一人前の社会人とはいえません。「稚児もどり」ともいいます。

江戸しぐさではこの 「稚児もどり」 を厳しく戒めました。

江戸しぐさ 其の七 (銭湯つきあい)

「銭湯つきあい」 で、しぐさの稽古をし始めた子供たち。銭湯は身分差別のない生まれたままの裸の付き合い、人間対人間という付き合いである。つまり共生の社会を見習う近道は銭湯だというのです。

銭湯経験のない子供は、いきなりドボンと飛び込んだり。濡れた手拭いを振り回したり、遊び場だと思っていますし、修学旅行では水着を着て入るというのですから、日本の庶民文化もすたれたものだと残念でなりません。

行儀よく、人さまに掛からないように体にお湯をかけ、足と下半身をざっと洗い、静かに入り、手ぬぐいはお湯に漬けないのが規則、「お先へ」 「お静かに」 「おゆるりと」 などと挨拶して出ます。

筆者(越川禮子さん)のお知り合いの方は、銭湯を一日お借りして、地域の親子で学ぶ「銭湯教育」をしています。履き物の脱ぎ方から衣服のまとめ方、浴場での細かいマナーまで教えると、皆が仲良しになって、子供の教育だけでなく地域活動に効果覿面だそうです。

「江戸しぐさ」 其の六・(心構え)

「芳名覚えのしぐさ」 といわれて、会合でも第一回目には座った両脇の人の名前を覚える。次は前とその両脇の三人というように、その都度座席を変え何度か出ているうちに、仲間全部の名前を覚えるという観察力と気配り(用心深さ)を暗に教えていたのです。それも誰かが呼ぶ機会を待って、自然に覚えるようにしたのです。現在は名刺一枚の肩書、権威、地位で人物を評価する傾向が強い気がします。

「共有する思想」 共有する施設や場所は、一人ひとりが他人も使うことを意識して、汚したり、破損させたり、他人に迷惑をかける行為をしないことです。自分の所有物は大切にするのに、共有するものをぞんざいに扱う人がいます。共有する思想がない人は、仕事も私生活も出来ない人です。江戸の人々なら「そんなことをして、ご先祖様が泣きませんかえ」と嘆くでしょう。

「意気合いしぐさ」 一つの事を大勢でやる機会、みんなで気持ちを合せて活動すること。商売でも遊びでも、みんなの意気が合えばうまくいくものです。組織や集団が大きくなればなるほど、目的達成に意気を合せることが必要になります。これも江戸の”イキ”です。

イキは「生き生き」です。 「粋」 (京都のスイ)ではなく、心意気、意気地のイキです。組織がイベントを決行する時も、上から押し付けるのでなく、隣人との意気合わせからグループの意気合わせへと結束が必要です。重い神輿を担ぐにも、「わっしょい、わっしょい」の掛け声で意気を合せ、一つの大きなエネルギーを作ります。

「江戸しぐさ」 其の五・(相手への気遣い、心配り)

常に相手を考え、尊重する心 「相手を尊重する江戸しぐさ」 をご紹介。

「どうぞご随意に」 こういうと、少々いかめしく聞こえますが、「随意」とは気まま、思うままにという意味で、江戸では良く使われた、個々の自由意思を尊重する優しい気遣いの言葉なのです。

今なら「どうぞお気楽に」「リラックスなさって」 などと相手の緊張をときほぐす言い方が、江戸しぐさに通ずるようです。

例えば人に本をあげたとき、「ぜひ読んでください」 では相手にプレッシャーを与えます。「ご随意に」 と無理な押し付けをしないほうが、相手も気持ち良く受け取ることができます。

「お心肥(おしんこやし)」 人間はおいしいものを食べて身体を肥やすことばかり優先するが、それ以上に心を豊かにし、学問(四書五経)を学び、人格を磨くことに努めるべきだという戒めです。それも書物から学ぶだけではなく、手足を動かし自分で体験して考える実践が大切だと教えています。IQ(知能指数)よりEQ(心の知能指数・感性の豊かさ)を優先させた含蓄のある言葉です。

「三脱の教え」 初対面の人には年齢、職業、地位を聞かないルール。この三つの先入観が入ると、とかくフイルターをかけて人を判断してしまいがちで本当の人間を見る観察力、洞察力が曇ってしまうからです。一流校や大企業の肩書に弱い人は、三脱の教え=実践して人柄を見抜く力を身につけてほしいものです。

性差を尊重した「女しぐさ 男しぐさ」 玄関先の履物の脱ぎ方ひとつで、その家のおつき合いしぐさがわかります。履物は履くときのことを考えて脱ぎます。

江戸では町内の寄り合いなどがあると、女性は上がり框の近いところに、男性は先に来ても上がり框から一尺離れて遠いところに履物を脱ぎ揃えました。男性は足を広げて跨げるけれど、女性にそれをさせたくないという男性の優しい配慮があったからです。今なら女性の脚も長くなり、ズボンをはいているし、跨いでしまうでしょうが。

江戸の男性が女性に思慮深かったのは、「女性は人間の始まりのこと」つまり将来を担う子どもを生み育てる重要な役割を担っているという頭があったからです。女性差別はありませんでした。

商売に女性のカンやマネージメントは大いに活用され、男性も認めていましたし、旅籠や料亭は女将が取り仕切るのが当たり前、その手腕が経営の成否を問われました。男性と女性とでは、見るからに異なる性差があります。江戸では性差を尊重し、男はより男らしく、女はより女らしく 「らしさ」 を競ったものです。

次回もこの続きを紹介します。

「江戸しぐさ」 其の四・(往来しぐさ)

(往来しぐさ)の最終回です。

「とうせんぼしぐさ」 人の通行を邪魔すること。つい話に夢中になっていて後ろから来る人に気が付かないのも野暮な証拠。「背中にも目をつけろ」 と叱られた。人にされると腹が立つのに、自分は案外気づかぬうちにしていませんか。電車の入り口で乗客の乗り降りの邪魔をしている人をよく見かけます。一度降りて乗り直す配慮を。

「仁王立ち」 人の前をさえぎること。現代では大きなカバンやリュックを肩にかけたまま、直ぐに降りないのに電車の入り口付近に立って、乗り降りを妨げる行為などでしょう。

「束の間しぐさ」 赤の他人と隣り合わせても、一寸言葉を交わすことを言う。ご縁、和み。

現代では長時間乗る新幹線の隣席でも挨拶しないことが普通になってしまいましたが、一言挨拶するか会釈をしておくだけで、互いに気持ちよく過ごせます。

「会釈の眼差し」 目で挨拶するというのは、顔を柔和にする効果がある。相手を睨むわけではないので、自然と和やかな顔になります。そうすれば、殺伐とした空気は生まれない。

「横切りしぐさ」 これもしてはいけないしぐさ。人の前を横切ることは失礼極まりない無礼とされた。歩いて急に立ち止まるのも事故のもと。人前に出る時は「右回り」 右手をちょっと出して「ごめんなさいよ、みんなの前を横切ってあい澄みません」と、右を回っていくしぐさです。こんなしぐさがとっさに出れば、社会人として合格です。せめて人前を通るときは、「澄みません」ぐらいは言える大人でありたいものです。

次回は「相手を尊重する江戸しぐさ」 を紹介しましょう。以下つづく

「江戸しぐさ」 其の参・(往来しぐさ)

今回も引き続いて(往来しぐさ)をご紹介しましょう。

「うかつあやまり」 うかつとは「うっかり、ぼんやり、不用意にという状態。人の足を踏んでしまったり人とぶつかったら、やった方が謝るのは当然ですが、こちらも 「とっさに避けられなかった私のほうもうかつでした、すみません」 と声には出さなくても,とっさのしぐさでその場に良い空気をつくれるのが 「うかつあやまり」 です。

「自分が悪くなくてもあやまるの?」 と思う人もいるでしうが、ここはためしてみよう。

うかつ 漢字では「迂闊」 と書き、「迂」 は回り遠い、うとい、にぶい、世間知らず、「闊」 はゆるいという意味を持っています。なるほど 江戸の人にとっては、うかつとは禁忌のしぐさだったのがわかります。

「駕籠止めしぐさ」 思いあがらずに謙虚にふるまえ。現代ではタクシーの運転手にも威張らない。社用車に乗れる身分になっても自宅の前からは乗らない。訪問先の玄関前まで乗り付けない。少し手前で降りて歩く位のそんな謙虚さといったことでしょう。

江戸の人は決して店の前へ横付けしなかったそうです。横付けするのは野暮でした。しぐさにはその人の考え方、育ち方の全てが出るものなのです。

階段でのすれ違いは上がっていく人が立ち止まる。階段でのすれ違いは、上がっていく人が立ち止まり、下りてきた人と同じ高さに並んだところで会釈して行き交います。下の人が立ち止まってくれたのですから、下りてきた人に「ありがとうございます」の気持ちがなければなりません。 以下つづく