江戸しぐさ 其の拾 (行く先は聞かぬ)

相手の領分を侵さない気配り 近所を歩いていると知り合いが何処かへ出かける場面に遭遇することがある。ついつい「どちらへ?」と聞きたくなるものだが、江戸では、こんな場合行き先を聞くのは野暮とされた。

こんな場合は「お出かけでございますか?」とのみ言うのが正しいしぐさだった。相手が引き留めない限り、そのまま会釈して去っていくスマートさを持っていた。これがセンスのいいふるまいです。

かりにどんな親しい間柄でも、行き先は聞かない。「お出かけでございますか?」と言ったとき、相手が「実は、どこどこへ・・・」と喋る分には、もちろん聞くだけで、それ以上は尋ねない。

相手が喋ったからといって、どんどん相手の領分へ踏み込むのは、品のない対応なのである。

でも挨拶は大切です。顔見知りがどこかへ出かけるのを見かけたら知らん顔をせずに、「おでかけですか?」と声をかけましょう。気持ちよく送り出してあげることが大切です。

たとえば、社内のエレベーターで、ほとんど口をきいたことのない他の課の人と乗り合わせたときなど、なんの挨拶も交わさないのは、ちょっと大人気ないですね。話すことがなかったら目礼か会釈くらいはしたいものです。「目は口ほどにものを言う」と言われるとおり、これだけでも雰囲気がかわります。

一票の格差(4)

しかしながら、国会自体が国政選挙で選ばれた議員によって構成されるので、この格差を是正しようという動きにならない。東京選出の議員が一票の格差を是正する法案を提出しても、高知や島根、新潟選出の議員がそれをつぶしてしまう。そんな法案が通れば自分の議席がなくなるかもしれないのだから、当たり前といえば当たり前ですが、そんなおかしな事態を長年日本国民は甘受しているのです。

しかし、2009年にはついに政権交代が行われ、与野党が逆転しました。このように与野党の選挙戦が激しくなればなるほど、国民の一票の重みが増してきます。一票の重みは増しているにもかかわらず、一票の格差は依然として存在している。

この事態を受け、全国各地で一人一票の原則を主張する弁護士グループが訴訟を提起しています。すでに新聞報道などでご存知の方も多数いらっしゃるとは思いますが、全国各地の裁判所で「違憲」判決や「違憲状態である」との判決が相次いでいます。

「違憲」と「違憲状態」の違いですが、「違憲」であれば、当然選挙の効力は無効になりますので、選挙はやり直しです。他方、「違憲状態」であれば、選挙の効力は有効として取り扱うものの、「状態として違憲であるから早急な対処が必要である」と、司法府が強い勧告を発している状態です。

原告勝訴か原告敗訴という違いはありますが、どの道負けた側は上告するでしょう。こうして最終的な判断が最高裁判所に持ちこされることになります。

最高裁判所は今までは政治に迎合的な判断をしてくることが多かったのですが、同じ問題が前回最高裁まで争われたときは、早急な対処が必要であるとして、極めて強い態度で立法、行政に対策を促しています。今後の行方が楽しみな問題であります。(完)

一票の格差(3)

例えば国の政治をこれからどうするかという時に、A案とB案の二つがあるとします。東京都民はA案がいいと考え、山梨県民はB案がよいと考えている。島根県民もB案がよいと考えたとする。

もし、本当に一人一票が実現されれば、この二つの案では投票する人が多いであろうA案が可決されるべきところですが、実際に選挙を行うとA案賛成者議員が一人、B案賛成者議員が二人、国会で議決を行うので、結果的にはB案が国のとるべき案として採用されます。民主主義を唱えておきながら、国内の少数意見が「多数派」としてカウントされることには、みなさん違和感を覚えると思います。

実際には都市部の選出議員を増やしてこれに対処しようとしているわけですが、それでもなお充分な手当とは言えません。そもそも居住地によって、一票の重みに格差が生じること自体が憲法14条の「法の下の平等」に違反します。違憲状態です。

国家の最高法規たる憲法に違反する以上、違憲であり、その効果は無効になるべきところです。しかし、裁判所には「選挙のやり直しをさせる」ことが事実上不可能です。選挙にはあまりに多くの経費や時間がかかるためです。

これまで、一票の格差が問題になった訴訟において、裁判所は「違憲状態である」と宣言し、本来は無効であるが、事実上選挙のやり直しをすると国家的損失が大きいとして、「選挙自体は無効なんだけど、今回は特別に結果を有効にしてあげますよ」という「事情判決の法理」を乱発してきました。

違憲状態であることを明確に宣言することで、立法府(国会)に対して、なんらかの格差是正の措置をとるように働きかけてきました。

以下続く

一票の格差(2)

現在国政選挙の選挙区割りは都道府県ごとに行われています。都道府県に1人以上の割合で議員が選出されるように区分けがされている。

しかし、国会議員は、あくまで全員が「国のため」に政治活動を行うべきものであって、選挙区に利益をもたらすためのパイプではありません。だから、都道府県に必ず一人以上の議員を選出するシステムには合理的な根拠はありません。

むしろ、都道府県に一人以上の議員を割り振るために、有権者の少ない地域にも選挙の議席を割り当てるために、少ない人口に対して無理に議席を割り振る結果になります。

このため、山梨では5万票で当選する議員もいれば、神奈川では69万票を得ながら落選する候補者もいるという、小学生が見てもわかるレベルの不平等が生じます。

先の参院選では、1票の格差が5.00倍を超えるという異常事態が発生しています。これは、有権者の票の価値に5倍以上の開きがあるということ。

もっと平たく言いますと、この記事を読んでいる東京都民のみなさんの1票はゴミクズの価値しかありません。島根、鳥取県民の1票に対して東京・神奈川の投票の価値は0.2票です。同じ意見を主張するのにも島根なら1人が主張すればいい。これに対して東京なら5人以上の賛同が必要になります。

以下続く

文豪・三島由紀夫ゆかりの松

旧加古川公会堂。その建物の北側に、樹齢約100年、高さ5㍍ほどの松がある。三島の本籍は旧印南郡志方村上富木。大東亜戦争末期の昭和19年(1944年)、三島由紀夫(本名 平岡公威 ひらおか きみたけ)はこの松の下で徴兵検査を受けた。

三島はその時のことを、自伝的小説「仮面の告白」の中で触れている。「私は・・・本籍地のH県で検査を受けていた。農村青年たちがかるがると十回も持ちあげる米俵を、私は胸までも持ちあげられずに、検査官の失笑を買った・・・」。

松は公会堂として建てられた時(昭和10年)にはあったということ以外に詳細は分からない。加古川市加古川町木村 この出来事が後年、彼のボディ・ビルに繋がったのでしょうか。筆者の個人的想像です。