東京巨大プロジェクト(2)・京急蒲田、連続立体交差

本線・平和島駅~六郷土手駅間4.7㌔、空港線京急蒲田~大鳥居駅間1.3㌔。2015年3月の完成を目指して工事中。東京都・大田区・京急電鉄。鹿島・錢高組。

朝のラッシュ時には1時間の内50分閉まるという踏切。地上面の京急の線路を撤去して高架化し、この事業区間28もある踏切を全てなくする大型工事。

この事業の難しさは、街のど真ん中を走り、線路のすぐそばまで住宅が密集している場所で、どうやって高架化の工事をするかだ。

それを解決するために既存の線路の真上に電車の走行を妨げることなく高架化する「直接高架工法」で進められている。すごいところは地中に打ち込んだ基礎杭の上に柱、柱と柱を繋ぐ縦横の受け梁、そして床面と、あらかじめ製造されたプレキャストコンクリート部材を使用して高架橋を組み立てた事で、これは全国でも初めてとのこと。

立体交差事業に伴い、京急蒲田駅も三層構造(下からコンコース階、上り線ホーム、下り線ホーム)に大改造中。一つのホームから本線の快特、普通、空港線を同時に停車させるため縦列する。新幹線並みの389㍍の長いホームになる。

乗客に見えないところで、土木、軌道、建設、電気などのプロ集団が、英知を集結して取り組んでいる。完成を期待したい。

江戸しぐさ 其の拾壱 (聞き耳しぐさ)

聞こえても聞かぬ心がけ 江戸に住む多くの人は長屋に住んでいた。長屋の作りは貧弱で、薄い板と簡単な壁によって各家は仕切られていた。だから、隣家の声は当たり前のように聞こえた。

そこで生まれたのが「聞き耳しぐさ」である。このしぐさは、聞き耳を立ててこっそり話を聞くということではない。そういうことをしてはいけないというしぐさである。

当時はたとえ密閉された空間でも、障子や襖など、防音には役立たない建具で家が造られていたから、聞こえてきた話は、聞こえていない、ないものとして忘れた。これが聞き耳しぐさである。

立ち話でも、近くで耳をそばだてることは嫌がられた。たとえのれん一枚でも、その向こうで話され、偶然耳にしたことは聞こえないものとして処理したのである。

プライバシーを尊重するしぐさ 江戸人の、プライバシーに立ちいらない基本的な態度が聞き耳しぐさだったのだ。

東京巨大プロジェクト(1)・首都高中央環状品川線

今 都内の地下で人知れず、大土木工事が進んでいる。大橋JCTから湾岸・大井北JCTまで全長9.4㌔。そのほとんどが地下を通る。

「土木」:シビル・エンジニアリング。すなわち、市民の技術。東京の都市機能を進化させる。

この中央環状品川線は、昨年3月に完成した新宿線を南に延長した区間で大橋JCTからJR大崎駅付近まで山手通りの真下を通り、その先地上に出るまで目黒川の真下を進む。

2013年に大井北までが開通すると、環状線47㌔が全通し、湾岸、常磐、東北、中央、東名道が都心に入らずに通過出来る。例えば新宿から羽田空港までが、都心を経由する現在の40分から20分に短縮する。

採用された「シールド工法」。内径11.5㍍、上下2車線。深さ30~40㍍を1時間3㍍進む。大断面のものとしては世界初。大成・大豊・銭高JV、鹿島・熊谷・五洋JV、大林・西武・京急JVの3JVが担当。

現在、都心での大土木工事は地上に影響を与えず地下深く行われることが多い。人目に触れないところで東京は動いている。

東北地方太平洋沖地震・お見舞い申し上げます。

皆さま お怪我はございませんでしょうか。お見舞い申し上げます。ご通勤も大変でしょう。

日本は今、国難に遭遇しております。それぞれのお立場でのご奮闘をいのります。

首都圏は直接的な被害は少なかったのですが、東電の(無)計画停電に振り回されています。巨大独占企業の官僚的な硬直体質が、はしなくも露呈されました。現場の苦労を知らない黒塗り高級車で通っている幹部連中が指導しているのでしょうね。やはり非常時にその企業の真価がわかるものです。

前日の夜遅くに、明朝から実施する。詳細は自社ホームページを見ろ。挙句の果てに震災地まで停電させる。乱暴な話です。鉄道停電の除外は手間が掛かるから出来ないと拒否。国交省の技術者からピンポイントは可能と指摘され、それならやります。もう人災の様相を呈しています。

加古川・清流会同窓生から、急遽 心づくしの品物が届きました。ガスボンベ、乾電池、など々。今 手に入らず有難い物ばかりです。同窓生のご芳情に感謝しております。

■ガスボンベ:他からも送られて来て、3本セットが3パックあります。ご入用の方、いらっしゃいましたらご連絡ください。井上 04-7133-5070 すぐに送ります。

荻野アンナさん、ご存知でしょう

作家、慶応大教授。そりゃぁ 知っているが突然の登場は何事ですか。

との疑問は当然ですよね。

実は加古川とはこんなご縁がございます。

お母さまが加古川高女卒(26回生・現加古川西高)。画家として有名な江見(荻野)絹子さんなのです。

アンナさんの随筆にも、「母は昔のことを語る時には関西弁なのです」とあります。先日 昔話を聞きながら旧制中学大先輩の奥さまとの対談中に、松筠会(しょういんかい・西高同窓会)の話となり偶然に知りました。

先(2月7日掲載)にご紹介した三島由紀夫さんや、今回の荻野アンナさんと云い、加古川と思わぬご縁があるものですね。いや それだけの四方山話です。

スタッフ注:江見絹子さん 1923年生まれ、明石市出身。現在は横浜市在住。日本を代表する抽象画家の一人で岡本太郎氏などと親交があった。

昨年末には姫路市立美術館で、現代郷土作家展『江見絹子 展』が開かれていた。

高砂の近代建築物(6)


キッコーマン高砂工場は昭和5年の操業開始です。千葉県野田市の同社が関西進出し全国規模の企業となった拠点。醤油製造では単一工場としては世界一の大工場です。

社屋はコンクリートに見えますがモルタル壁の木造二階建て。大正後期から昭和にかけて流行した表現主義によるデザインです。社運を賭けた新鋭工場に相応しい洗練と重厚さを併せ持つスタイルです。

今や世界的なブランドとなった同社の基盤を築いたのがこの工場でした。