聞こえても聞かぬ心がけ 江戸に住む多くの人は長屋に住んでいた。長屋の作りは貧弱で、薄い板と簡単な壁によって各家は仕切られていた。だから、隣家の声は当たり前のように聞こえた。
そこで生まれたのが「聞き耳しぐさ」である。このしぐさは、聞き耳を立ててこっそり話を聞くということではない。そういうことをしてはいけないというしぐさである。
当時はたとえ密閉された空間でも、障子や襖など、防音には役立たない建具で家が造られていたから、聞こえてきた話は、聞こえていない、ないものとして忘れた。これが聞き耳しぐさである。
立ち話でも、近くで耳をそばだてることは嫌がられた。たとえのれん一枚でも、その向こうで話され、偶然耳にしたことは聞こえないものとして処理したのである。
プライバシーを尊重するしぐさ 江戸人の、プライバシーに立ちいらない基本的な態度が聞き耳しぐさだったのだ。