高砂の近代建築物(3)


鐘ケ淵紡績と並ぶ名門「三菱製紙高砂工場」は、明治34年に豊富な工業用水を求めて神戸から高砂へ移転しました。

その外国人技師の居住施設として建てられた「魚町倶楽部」が保存され、高砂随一の洋館として市民に親しまれています。

当時の木造洋館の標準的な造りで薄い緑色の下見板貼りの壁面と、ハーフティンバー式の壁が組み合わされ、煉瓦の煙突、鎧戸、玄関の柱飾り、アーチ型の入り口等、当時の木造洋館の装飾意匠がふんだんに駆使されています。

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