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「昭和の戦争とおじいちゃん」(4) 竹内 隆氏(中21回)

 

ー勤労奉仕・農家の手伝いー

昭和19年1月に「緊急学徒勤労動員要綱」が公布され、今年は、勉強をやめて軍需工場やその他で働きなさいということになりました。

学校では勤労報国隊を設置し、男子生徒は勤労学徒、女学生は女子挺身隊員と呼ばれて軍需工場へ派遣されました。

農家での勤労奉仕は、農繁期に出征農家の田植えや稲刈りをお手伝いするのはやっていましたが、食糧増産は銃後の大切な勤めで当然の義務だと自覚していました。

加古女と一緒の時もあり、握ってくれた銀シャリの握り飯はおいしかった。

ー尾上飛行場ー

飛行場での勤労奉仕の作業内容は、格納庫での機体整備、周辺の松林に飛行機を隠すための掩体壕作り、飛行機を移動する手伝い、松根油をとるための根っこ掘りなどでした。

飛行場には、いつも学校で見慣れている訓練飛行の赤とんぼや九七式戦闘機が駐機していました。

赤とんぼは主翼も胴体も赤色の布張り複座で、前の席に練習生、後部座席に教官が乗って初歩の飛行技術を習得するための訓練機です。

学校の近くに飛んで来る赤とんぼの中には、吹き流しを曳いているのがありました。その吹流しは、九七式戦闘機の射撃訓練の標的です。

ときには、吹き流しが校庭に堕ちてくることがありました。飛行訓練は常時、学校の近くの空中で行われていました。

いつも飛行機を眺め、教室で勉強している時も爆音を聞いていました。

 

 

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