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おや、国会議員さま!

川崎市出身、1期。44歳、フジテレビ記者、早稲田大教育学部卒。この御仁、選挙運動費用に「整体費」、「ヘアーカット代」支出や、公設秘書の風俗嬢兼職疑惑など、色々と話題ご豊富。

東京巨大プロジェクト(3)・東京ゲートブリッジ

東京港に2011年度に誕生する。近くには日本一のコンテナー取り扱い個数を誇る大井・青海コンテナー埠頭があり、一日に約一万台を超えるトラックが行き交う。

太田区城南島から、海を渡って江東区若洲までを繋ぐ道「東京港臨海道路」8㌔の内、約2.9㌔が「東京ゲートブリッジ」となる。

この橋、なぜか「恐竜」のような形をしている。「連続トラスボックス複合橋」という構造で日本最大規模。この辺りは羽田空港による空域制限があり、しかも桁下は船舶航行を確保しなければならない。レインボーブリッジのような高い塔が必要な「吊り橋」や、ベイブリッジのような「斜張橋」などは架けられない。そこで「トラス橋」となった。

橋の架設工事が実にダイナミック!海上交通を妨げないように配慮して、巨大トラスト桁を国内最大級の大型クレーン船3艙で相吊りし、陸上から海上に運んで一括架設した。

風の影響が極めて強いため、作業は早朝に行われる。巨大な橋桁がたった4時間で海上に架設されるのだからすごい。国土交通省東京港湾事務所。深田サルベージ建設。

まもなく、大消費都市東京ならではの、たくましい絶景に出会える。

被災地・同窓生の皆さんから、お便り(5)

4月2日 栃木県那須町・田中一郎氏(高2回生) 「前略 震災見舞いのお便り拝誦、ありがとうございます。あの大激震が襲った時、凄い家鳴りの中、『大津波が来ます。避難してください。』とテレビがはりつめた声でくりかえしていました。あれから三週間経ちますが、被災者が『なにもいえません』と何度も言っています。大自然の巨大な力をまざまざと見せつけられ、残された惨状を前に思考力は疎か感情や感覚さえ萎えてしまった。いや考えることが多くて整理がつかない。悲しい諦めなど胸の中に閉じ込めたから、等々想像するだけです。影響力のある言葉ですね。原発も大変ですね。思うに政治家もこの事態に及んで慌てて勉強したという印象、学者も『知見が』どうとか、事故後の対処法など過去の事例がないことで適切、適確な意見を出せないように思える。だから世界中、慌てふためいていますね。命を張る現場で働いている人達のお陰で何とか収束に向かっているように思えるのですが。冗句くだくだとご容赦あれ。頓首」

4月3日 茨城県水戸市・北村(金沢)千栄子氏(高21回生) 同期生からご連絡頂きました。「ご本人は元気です。神戸のお嬢さん宅へ避難されています。」

4月4日 福島県相馬市・大西幸広氏(高34回生) 「大西です。現在は本籍、住民票所在地は相馬市。実質は仙台市在住です。単身赴任で週末だけ相馬に帰る生活です。この度は、心温まる封書頂きありがとうございました。私は、大学卒業と同時に、就職先の職場が相馬市となり、それ以来ずっと相馬に住み続け丁度人生の半分を過ごしたことになります。幸いにも、私の家は中心部より高台にあり、物的にも人的にも(色々ありましたが)被害なく助かりました。20年以上住み続けていますと、親戚、友人も多く、非常につらい結果にも遭遇して心を痛めています。福島県は、原発の関係もあり、報道関係も余り入っていないので見過ごされがちですが、宮城県、岩手県と同様に無残な状況です。原発周辺は捜索の手も入っていないと思います。今回の件で、小山さまが加古川東出身だということを初めて知りました。現状、相馬のために何も出来ていませんが、これからの復興は長い時間を要すると思いますので、徐々に永く協力してやっていこうと考えているところです。」

広瀬敏郎氏(高18回)・4月のご案内

4月2日(土) 内幸町 アンシェヌマン・コンサート

4月8日(金) 赤坂 フェスティバル ドゥ シャンソン

4月15日(金) 銀座 月夜の仔猫

4月26日(火) 四谷 ウナ・カンツォーネ

● 「アンシェルマン・コンサート」 内幸町ホール 18:00開演 入場無料(要整理券)

● 「フェスティバル ドゥ シャンソン コンサート」 赤坂ACTシアター

芦野宏さんが新しく「日本シャンソン協会」を設立。その初めてのコンサートです。

ぶらり加古川・・・ 史跡放浪記(平荘湖古墳群・平荘町)

平荘湖は、臨海部に工業用水を供給する目的で、昭和41年に県が建設した人造湖で、周囲は約5㌔あります。湖底には集落や多くの古墳が沈んでおり、渇水期には古墳の石室が姿を現すことがあります。

水没前に行われた調査では、古墳の多くは六~七世紀に築造されたもので、発見された遺物から朝鮮半島とこの地域には人的な交流があったとみなされています。

数多くの古墳が集中する平荘湖周辺は、六世紀前後には農業生産の高まりを背景に経済力豊かな豪族層が住んでいたと思われる地域です。

「広報かこがわ・6月号」からの抜粋紹介です。詳細は岩坂純一郎氏(高20回)が執筆されている公式HP・本文をご覧ください。

「From east 」・創刊60号の表紙

2月28日に発行された、母校PTA会報誌 「From east」・創刊60号の表紙写真をご紹介します。世界の教育・人権・平和・学術などに貢献した人物を並べてあります。貴方は何人わかりますか。ご家庭で皆さんご一緒に名前をあててみてください。

お名前紹介は https://files.me.com/kakotonkouhou/hgjulh です。

科学研究にも痛手が

日本最大の研究都市・つくば市も震度6弱の揺れに見舞われた。科学研究の命綱である電源が失われ、世界的な素粒子実験施設も防災研究の中心機関も大打撃を受けた。

高エネ研:素粒子実験のための、電磁石もゆれのため落下した。

国土地理院:全地球測位システム(GPS)も福島県以北のデータが途絶えた。

防災科学技術研究所:緊急地震速報も機能停止。全国の観測網も9割に障害が発生した。

宇宙機構:筑波宇宙センターは、「こうのとり」と「きぼう」の管制室が入った運用棟が被災した。

産業技術総合研究所:高層階で被害が続出。地震研究センターでは、活断層などのデータベースが31日朝にようやく復旧した。

昨年 母校学生さんが訪れた産聡研。そしてJAXAなど、つくばには同窓生が大勢、研究に取り組んでいらっしゃいます。被害に負けずご奮闘を期待します。

東京電力の「大罪」、と題した週刊誌記事の中で

おや々 某大手出版社系・有力週刊誌「3月31日号」で、こんな記事を見つけました。

”佐藤栄作久・前福島県知事が証言する”の中です。そのまま記します。

「2004年12月、私は原子力長期計画策定会議に招かれました。そこで、『フランスでは十六年間、ドイツでは二十年も議論した上で原子力政策を決めているのに、あなたたちは来年結論を出そうとしている。あまりにいい加減すぎる』と噛みついたのです。会議のメンバーは七割くらいが電力関係者なので、私は参加者たちに『あなた方は国からマインドコントロールされているんじゃないか』と糾すと、

タレントで弁護士の○○○○さんから『失礼ね』と吐き捨てられました。これは福島県の議事録にも残っています」

こうして、国と東電が一体となって、ブルドーザーのように原子力政策を推し進めていった。

自分たちだけが絶対正しいという驕り。その大きなツケが、今、我々国民にふりかかる・・・。

と、この記事は結ばれていた。

被災地・同窓生の皆さんから、お便り(4)

3月31日 仙台市若林区・藤本雅之氏(高22回生) 同窓生の方からご連絡を頂きました。「高22回藤本雅之氏 震災後3日ほどして知人に本人と家族は無事との電話があったとのことです。電話はすぐに切れて、家の状況、連絡先等は未だ不明で、その後連絡は付いておりません。新しい情報がくれば、又ご連絡します。」

4月1日 鹿嶋市・谷澤安則氏(高29回)、谷澤(高橋)京女氏(高32回) 同期生の方からご連絡を頂きました。「谷澤です。ご連絡が遅くなりましたが家族全員無事です。自宅は屋根瓦が数枚破損し、柱も少し傾いて壁に少し亀裂が入っておりますが当面の住まいには問題ないようです。ライフラインについては2日程度断水しましたが現在は普通の生活に戻っています。ただし、数キロメートル離れたところでは津波や地面の液状化等で現在も復旧中です。会社のほうも大きな被害を受けて現在復旧中で疲れております。担当の復旧が一段落して26,27日は休んでおりますが26日はほぼ1日中眠っておりました。年齢をとったのと普段身体を鍛えていないためだと思います。今日はかなりすっきりしており余裕もできました。地震当日は携帯電話がつながらず家族の安否確認ができなくなりましたが、携帯メールがなんとかつながることがわかり、助かりました。東北地方ではこちらと比べ物にならない被害の上、原発の問題もあり大変みたいです。はやく原発がおさまってほしいものです。」 ご本人、3月27日のお便りです。

被災地・同窓生の皆さんから、お便り(3)

3月29日 茨城県神栖市・柴田啓二氏(高34回)

「連絡ありがとうございます。勤務先、茨城県神栖市(花王㈱鹿島工場)で被災しましたが、ケガはなく元気です。3月に和歌山への転勤の辞令を受け、引っ越し準備中のことでした。少し遅れましたが、今現在は和歌山への転居をすませました。頑張っておられる同窓生のことを知り、またこのようなお手紙、ツイッター集をいただき、自分のことで精一杯な自分を恥じております。ありがとうございました。」

3月30日 仙台市青葉区・山口(手島)由紀子氏(高18回) 「前略 ご心配頂きありがとうございます。三月初めより両親の世話で横須賀に来て居りますので、十二日に一度仙台へ戻るつもりが前日の大地震で、そのまま滞在しています。仙台自宅は青葉区の山側で被害なく家族も無事です。ガスはまだですが、電気、水道が使えるようになり、食料品、日用品も少しずつ手に入るようになったとのことです。仙台のことも気がかりですが、高齢の両親も支えねばならず、新幹線の再開を待っているところです。被災地の方を思うと胸がくるしくなりますが、まずは自分のしなくてはならないことから・・・・と心をひきしめている毎日です。みんなで力を合わせ「ほっと一安心」をくりかえして復興していきたいものです。どうぞ皆様も体調にお気をつけてください。」

3月30日 青森県東津軽郡平内町・高橋(水野)志保子氏(高17回) 「前略 お忙しい中 お見舞い頂きましてありがとうございました。私達には特に被害はなく、宮城県在住の娘一家が心配されましたが、幸い全員無事でした。電気、水道は復旧しましたが、まだ下水道に不自由している様子です。各地で被災して苦しんでおられる方々を何とかして差し上げたいと思いますが、何も出来ないもどかしさをを感じております。ガソリン不足も解消されましたので、せめてこれからの生活の一助になればと少ないですが、義捐金を振り込む予定でおります。終わりになりましたが、御地にも被害があり、計画停電や水道水の放射能汚染等お困りのご様子、お見舞い申し上げます。ネットが使えない生活環境で同封の皆さまのお声は有難かったです。どうぞ お身体ご自愛くださいませ。合掌」

3月31日 仙台市青葉区・河井隆博氏(高15回) 「早速の地震お見舞い、感謝致します。当方近隣地区は家、家族も無事、昨日ライフラインも通じて元気に過ごしています故、ご安心の程。」

3月31日 福島市北沢・野崎(河原)知子氏(高24回) 「思いもかけぬ清流会・東京支部からのおたより、びっくりすると同時に有難くて胸が熱くなりました。悪夢のような3月11日から半月が過ぎました。<こちらの様子をほうこくいたします。> 我が家のある福島市は震度5強、家の倒壊等は少なく、津波の被害もありません。ライフラインも十日程でほぼ回復しました。現在 依然として食料不足、ガソリン、灯油不足は続いておりますが徐々に改善の兆しも・・・。何よりも今一番県民を悩ませているのは原発問題です。先の見えぬ不安な毎日が続き、ぐったりです。東電、国に対する怒りもピークに・・・!! 一刻も早く終息させてほしい。切に願っております。PS 救援物資等 必要ありません。温かいことばが一番有難いです。

3月31日 仙台市若林区・間処弘雄氏(高11回) 同期生の方から、ご無事だとお知らせ頂きました。

3月31日 竜ヶ崎市・朝藤 久氏(高17回) 同窓生の方から、ご無事だとのお知らせを頂きました。