快挙というべきか、とんでもない同窓生がいる。稲美町在住の久留宮氏。
幼いころから地元の高御位山や城山に親しんでいた。百名山を初めて登ったのは、東高生だった昭和37年の阿蘇山。以後、大学や教員時代に数々の山を登った。しかし、平成7年に45歳で直腸がんが見つかり、術後は人工肛門を装着する身になり登山から遠ざかった。
再び登り始めたのは平成12年。その当時で27山を踏破していたが、1番目の利尻山から番号順で100山を目指すことにした。平成19年7月、利尻山の頂上に立った。以後、月間1~10山のペースで登山を重ねた。宮之浦岳には昨年7月17日、強い風雨の中、山頂に到着した。
今度は逆の順で100山を目指すことにし、すでに開始している。登山を再開してからの健康は良好、「百名山は、生命の源泉になっている」と語る。
石鎚山、妙高、火打山、高妻山、木曽駒などに同行し、そして最後に残った筑波山に立ち会った友人の栗山弘之氏(高16回・横須賀市在住)の言。「マッタク トンデモナイヤツです」と。
■スタッフ注:この栗山氏(富士通OB)も、NYマラソン始め国内外で数多くのフルマラソンを走破した猛者なのです。その方が言うのですから「本当にトンデモナイ」のでしょう(笑)。
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