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「清流会東京支部・フォトブック」 作りました。

東京支部活動の記録として、平成16年~23年の支部総会・支部活動などのフォトブックを、市販のアルバム制作ソフト <My Book> で作りました。

総会会場でのスナップなど、貴方がお友達と一緒に登場しています。

●サイズ A4(263×186) 28 P ハードカバー 全164点。

●お渡し価格 6000円・送料込 (コストは5880円・送料別となっています。)

価格が馬鹿高くて恐縮です。 「まぁ 買ってみるか」 と、ご購入の意向がございましたら年次で纏めて頂くか、又は直接に事務局・井上まで、ご連絡ください。

●納期 出来るだけ纏めて発注したいので、余裕を見てください。お届け先を明記願います。

My Bookで制作中の画面

被災地・同窓生から、お便り(16)

仙台市若林区位置図

●6月15日 仙台市若林区 高22回 拝復 加古川東同窓会東京支部の皆さま、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。震災に際し心こもった激励のお便り・懐かしい最中ありがとうございました。お礼・ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。お陰さまで家族とも皆、元気です。

震災からはや三ヶ月経過しましたが、震災の後遺症は深く宮城の被災地はまだまだ・・・心が何となく晴なくて、弾けるように笑えない・喜べない自分が今も・・・。

女房の生まれた仙台に居を構え二十三年、今は定年退職後、仙台市内で勤務いたしております。地震発生時は被災地の街中で信号機が止まり渋滞、もう少しで津波に飲み込まれる所でした。家は津波が1㌔㍍手前まで迫っていましたが、家近くの俗称「波よけ神社」のお陰で、津波に襲われなくて・・・・。

大学卒業以来慣れ親しんだ宮城の港町の惨い光景に胸が痛くなります。生かされているいることに感謝し東北を今まで以上に愛し続けます。有難うございました。敬白

被災地・同窓生から、お便り(15)

●6月12日 茨城県神栖市 高35回 お礼が遅れまして申し訳ありません。

改めて、加古川を思い出させる心遣いに深く感謝致します。神栖市は、インフラ、工場も震災前に戻り、ほぼ落ち着きました。当時の状況は、震災翌日に電気が復旧しましたが、上水道は、復旧に約一カ月半かかり、その間は給水所通いでした。。しかしながら、この地震で得た事が3点あります。

1.廻りの灯りが無いと、街中でも星がよく見える事。震災直後の夜、10キロの通勤路を初めて歩いて判りました。

2.初めて家内が、私の酒飲みについてついて感謝してくれた事。愛飲する4㍑焼酎の空瓶が、給水容器に一番適していました。

3.『絆』 の重要性を再認識した事。会話をした事のない隣人や、地域のコミニュティー、この清流会のように、普段見えない絆が沢山ある事に気付きその事を糧として自分自身を奮い立たせる事が出来ました。

まだ日本全体は、復興の途中ですが、皆さまもご健康に注意くださいますようご自愛ください。敬具

被災地・同窓生から、お便り(14)

岩手県大槌町役場 町長は津波で遭難された。

~(13)からつづく

本来なら復興に向けて着実に進み始める時期になっていますが、被災地も二分化しており、復興に向けて前向きに考えてられる所と、まだその段階に至らない所です。特に、役場自身が津波の被害をまともに受けたのかどうかが大きな分かれ目で、役場の機能が一時的にでも停止してしまった所は、同じ被害でも混乱が続く状況です。ただ、遺体も見つかっていないのにとの住民感情もありますが、それでも復興に向けて歩んでいかないといけないということは、訪問先のどの自治体でも感じられるようになっています。

私の所掌である通信・放送の分野では、震災・津波で物理的に破壊されたところもありますが、全域停電となったことから、しばらくはバッテリー駆動で何とかやりくりしていたものが止まっていったのも多かった状況です。4月末には概ね復旧状態となっています。

今後は応急対策を恒久化していただくと共に国の支援を含めて、津浪等で失われた施設の再建を急ぐところです。また、防災無線も概ね機能したのですが、最初の津波で壊されてしまうと後は使えない状況となっています。こういう状況でもあり、様々な無線機を大量に持ち込み、國、自治体に貸与すると共に、災害用FMを認めて情報伝達手段として活用されています。終

www.soumu.go.jp/soutsu/touhoku/

被災地同窓生から、お便り(13)

仙台空港 3月11日16:01

~(12)よりつづく

仙台市の中心部でも、通信、電気、水道、ガスが全て止まり、頼りになるのはラジオだけで最初の3日間の食料は非常食と職員が持ち込んでくれる差し入れのみ。

幸い私のオフィスは非常用電源で業務に必要な電気はついていたこと、通信の拠点なので固定回線は生きていましたが、電気、水道が戻るのに数日かかり、最後にガスが出るようになったのはほぼ1ヶ月後でした。その間、風呂には入れず、お店もほとんど開いていませんでした。

尚、誤解のないように申し上げると、中心部では物理的に通信が途絶したというよりは、輻輳による通話制御のためであり、その後、停電が長時間になったのでバッテリー切れを起こした中継局も出てきた事情によります。

仙台市の海岸線側も含めて被災地では、それぞれ大変な被害を被っておりおり、震災後2ケ月を経た現在でも、未だに行方不明者が多数おられ、がれきも多く残っている状況です。壊滅的被害を受けた地はもちろんのこと、その周辺でも未だに電気、通信が十分に届かないところもあります。

つづく~

後輩から被災地の先輩に届け。ハリマ産業新聞記事

(C)ハリマ産業新聞社

同紙の5月25日号記事を、ご紹介します。(記事をクリックしてください) 併せてHPの「被災地・同窓生の方からのお便り、 1~16」もご覧ください。

被災地・同窓生から、お便り(12)

仙台市青葉区本町

●6月2日 仙台市青葉区・高28回 ご連絡、お見舞いをいただきありがとうございます。母校生徒のみなさんからの励まし、大変ありがとうございます。また、ニシカワ食品の”みかさ”もおいしくいただきました。なかなか連絡できないままで、本日まで大変失礼いたしました事をお詫び申し上げます。

個人的には被害はないと言えるほどのものですが、職場でも津波で自宅が全壊となった者もいるなど、大きな被害が出ています。ただ震災のあった時間が平日の昼間であったことが幸いして、職員130名は無事でした。職場は青葉区の官庁街にあり震度6強の地震直後に、いったん全員建物から退避し雪のちらつく中での点呼、そして簡単な建物の安全点検の後、最小限待機として解散となり職員は自宅に向かいました。

職場内は、様々な本、資料などが散乱しましたが、宮城沖地震に備えて書庫等を固定化していたので、ほとんど倒れずに済んだことと、建物が比較的堅牢であったことから、エレベーターや一部の天井を除けばそれ程の被害は出ておりません。その後、電気、水道、ガス、が通じない生活がしばらく続きました。

一方、地震直後に東北全域が停電し、通信も携帯および固定電話ともども、ほぼ断絶しましたので、職員の多くはワンセグ、ラジオ等で津波の襲来を知ったところです。何時間も歩いて自宅に向かったものの、たどり着けずに避難所もしくは知り合い宅にに宿泊する者が続出しました。被災地では通信状況が極度に悪化していましたので、連絡が取れないまま1週間近く音信不通のものが数多く出ました。

多くの被災地の人間は、何日も家族、親族や知り合いを求めて、瓦礫の中を避難所を探し求める状況となりました。ところがガソリン不足で、移動手段にも事欠く状況でした。そしてすべての物流も止まっていました。つづく~

被災地・同窓生から、お便り(11)

茨城県ひたちなか市

●5月14日 仙台市太白区・高21回 この度のご厚情、有難く頂戴いたしました。清流会東京支部、母校後輩諸氏のお気持ち大変心強く、また深く感銘を覚えずには居られませんでした。

幸い拙宅ではライフラインも復活、日々の買い物も落着き、日常を徐々に取り戻しつつあります。まだまだ余震は続いておりますが、皆さまのお気持ちを糧に乗りきって行けるものと信じております。皆様方のご厚情に対し、心から感謝申し上げます。

●5月15日 茨城県水戸市・高40回 この度は清流会よりお心遣いをいただきまして大変ありがとうございます。地震当時は、水戸市から6㌔北にある、ひたちなか市の会社で執務中でしたが、非常に大きな揺れが5分近く続き、建物のコンクリート壁が目の前で崩れ落ち、隣りの建物の避雷針を見ると、折れそうなくらい撓って左右に揺れていました。これまで経験したことのない規模でした。この状況が目に入って来た時は、もう万事休すかと覚悟した次第です。

その後、ライフラインや公共機関の停止など不便な状態がしばらく続きましたが、現在は元の生活に戻っています。本当にありがとうございました。

●5月16日 仙台市青葉区・高7回 先日はお見舞いを頂きありがとうございます。余震がまだ続き多少の不安は残っていますが、なんとかやっています。私共の被害と比べるともっと大変な方が多く、心痛な思いです。

●5月16日 仙台市青葉区・高18回 新緑が美しくなりました。先日はお心遣い頂きありがとうございました。余震はあるもののほぼ通常の暮らしが送れるようになりました。大きな被害に遭われた方々になにか出来ることはないか・・・と思っても何も出記ず、ただ日常の生活を無駄なくきちんと過ごすことを心がけようと思っています。

●5月18日 茨城県ひたちなか市・高34回 この度はお心遣いありがとうございました。故郷の味と後輩たちの元気な姿に懐かしさがこみ上げて来ました。家屋の被害こそほとんどありませんでしたが、その後の停電、断水、ガソリン不足に苦労する日々でした。現在は当地は交通網もほぼ元に戻りましたが、東北地方はまだ厳しい状況が続いています。本当にありがとうございました。

●5月20日 茨城県古河市・高19回 この度は心温まる激励のお手紙、又、懐かしいニシカワパン様製造の饅頭も届けて頂き、大変ありがとうございました。当地はお陰さまで被害もほとんどなく無事に過ごす事が出来ました。それにもかかわらず暖かいお心遣いを頂き心からお礼を申し上げます。有難うございました。同窓会諸氏の益々のご活躍を祈念致しております。

「加古川東高が写真メッセージ」・産経新聞記事ご紹介

(C) 産経新聞社

産経新聞5月14日朝刊・播州版に加古川東高、清流会の記事が掲載されています。

■ スタッフ注:この記事の中では、ご協力戴いた同窓生のお名前は省略されていますが、写真撮影は双葉写真館・山田和成氏(高16回)、和菓子はニシカワ食品・西川隆雄氏(高13回)、カレンダー加工はトッパン・福田泰弘氏(高6回)、又 生徒さんへの呼びかけは母校教諭・谷 正人氏(高26回)にお願い致しました。ご快諾、只々感謝です。尚 写真撮影は正確には4月12日でした。

被災地・同窓生からの、お便り(10)

弘前城の桜

●5月12日 青森県弘前市・高4回 弘前城の桜は満開をすぎ、濠を漂う花筏の風情も捨てがたいものです。此度の震災のお見舞うれしく心より御礼申し上げます。弘前は津波の影響もなく、ライフラインのストップも四、五日のみで平常通りの生活を送っております。母校生の写真、加古川の味を感謝致します。これから益々の清流会の発展、ご活躍を北の国から祈ります。

●5月12日 青森県東津軽郡・高17回 青森県の山間部にある当地にも、ようやく桜前線が到来致しました。お見舞い有難うございました。こちらへ避難されている岩手県大槌町の方にもお分けして召しあがって頂きました。とても喜んでいらっしゃいました。後輩の方の元気なお写真は、私にまでエールを送って頂いているようでありがたいです。お忙しい中有難うございました。皆さまによろしくお伝えくださいませ。

●5月13日 仙台市若林区・高11回生 東北大震災から2カ月。当地、直接の被災者の皆さま、震災への思いは残し乍らも復興への動きも見せ始められました。幸い小生は海岸より離れていたため津波被害は免れております。ご安心ください。

本日は誠にご丁重な品。ご恵送賜りありがとうございました。久し振りの故郷の味と家内ともども賞味させて頂きました。清流会の今後益々のご発展を祈念いたし乍ら、取り急ぎ御礼申し上げます

●5月13日 茨城県土浦市・高10回生 先日は、母校生からのメッセージ写真と鬼追い三笠をご送付頂き有難うございました。お陰様で家族ともども怪我はなく、現在は元気に平常の生活を送っておりますのでご安心ください。清流会の益々のご活躍を祈念申し上げます。

● 5月13日 福島県福島市・高24回 懐かしい故郷のお菓子が届きました。帰省中の娘たちと一緒に頂きました。嬉しかったです。

震災から二か月。我が家の周りでは修復工事が少しずつ始まり、徐々に以前の生活に戻りつつあります。原発問題さえ解決すればどんどん進んでいけるのですが・・・。長い道のりになるかと思います。皆さまのお心遣い感謝致しております。